日本最大の3D表示エリア。それが首都圏から静岡県東部まで広がる巨大なGoogle Earthの3D表示エリアです。
しかし実は、この広大な3D表示エリアの内部には、まるで島のように取り残された「2D表示エリア」が存在します。
直近の更新では、その2D表示エリアが縮小し、新たに約38.37km²が3D表示化されました。
一見すると長閑な地域に見えますが、今回3D表示化されたエリアには実は日本の歴史上とても重要な場所があったのです。その名は「関宿」です。そこにはかつて関東の交通と物流を支配した城下町です。
現在はその名残はほとんど見当たらず、利根川と江戸川に囲まれた静かな地域ですが、戦国時代から江戸時代には関東屈指の重要拠点として栄えた場所です。
本記事では、Google Earthの3D表示エリア拡大の状況を確認するとともに、今回3D表示化された地域に残る関宿の歴史についても見ていきます。
Google Earth 3D表示エリア内の2Dエリア
赤い線で結んだエリア内が関東+静岡3D表示エリアです。水色+黄緑色のエリア内は2D表示の飛び地エリアです。
2Dエリアの変化
2Dエリア縮小前
| データ | 周長 | 面積 |
| 2026/03/09 2Dエリア | 88.89 km | 235.80 km² |
2Dエリア縮小後
今回の更新では、エリア左下の利根川沿いが2D表示から3D表示へ移行していることを確認しました。
対象となったのは、千葉県野田市北部と、埼玉県幸手市・杉戸町・春日部市の郊外にあたる地域です。
首都圏3D表示エリアの中心部から見ると目立たない場所ですが、この地域は利根川と江戸川に囲まれた水運の要衝として知られています。
そして今回2Dエリアから3D表示化されたエリアには、かつて関東有数の城下町として栄えた関宿があります。
| データ | 周長 | 面積 |
| 2026/06/24 2Dエリア | 85.64 km | 197.43 km² |
2Dエリア縮小前後の可視化と比較データ
| データ | 周長 | 面積 |
| 2026/03/09 2Dエリア | 88.89 km | 235.80 km² |
| 2026/06/24 2Dエリア | 85.64 km | 197.43 km² |
| −3.25 km | −38.37 km² |
| 項目 | 変化 |
| 周長 | −3.25 km |
| 周長変化率 | −3.66% |
| 面積 | −38.37 km² |
| 面積変化率 | −16.27% |
| 面積倍率 | 約0.84倍 |
今回の更新でこの2Dエリアは 約38.37km²縮小 し、その分だけ周辺の3D表示エリアが広がった、という見方となります。
2Dエリア飛び地を拡大して確認
下図は首都圏3D表示エリア内に残る2D表示の飛び地エリアを拡大したものです。
水色の線が2D表示エリアの境界線、赤い線が今回の調査対象となる2D表示エリアの境界線です。
このため、水色線と赤線の間の部分が3D表示エリアとなります。
現在、左右に2つの2D表示エリアが残されていますが、両者は接続しておらず独立した飛び地となっています。
今回の更新では左側の飛び地が縮小したものの、完全な3D表示化には至らず、首都圏3D表示エリア内の2D飛び地は引き続き残る結果となりました。
今後もGoogle Earthにおける2D飛び地エリアの動向を継続的に観察し、新たな変化が確認できましたら随時紹介していきます。
2Dから3D表示、かつての重要拠点「関宿町」
関宿町(現・野田市)は、利根川と江戸川の分岐点近くに位置し、両河川に挟まれた地域にあります。
Google Earthで上空から眺めると、この地域が巨大な河川に囲まれた天然の要害であることがよく分かります。
現在は穏やかな田園風景が広がっていますが、戦国時代には関東の軍事・交通の要衝として重要な役割を担いました。
当時の関東では、関宿城を押さえることが利根川・江戸川の水運を支配することにつながり、軍勢や物資の移動を左右する戦略上極めて重要な地点でした。
そのため後北条氏や上杉氏など関東の有力勢力が争奪を繰り返し、関宿城は「関東の喉元」とも呼ばれるほど重視されたといわれています。
江戸時代になると軍事的緊張は薄れましたが、関宿は引き続き江戸を守る重要拠点として位置付けられました。関宿藩には老中など幕府の要職を務める人物が城主として配置されることも多く、その重要性は江戸時代を通じて変わることがありませんでした。
現在はのどかな田園風景が広がる関宿町ですが、かつては堀が張り巡らされ、城郭や防御施設を備えた関宿城を中心に、立派な城下町が形成されていました。
関宿町には、関宿城の歴史や利根川・江戸川の水運について学べる関宿城博物館があります。現在の天守は古文書や絵図などをもとに再現されたもので、実際の関宿城天守が存在した場所とは異なる位置に建てられています。
また、関宿町は利根川や江戸川をはじめとする大河川に囲まれた立地から古くより水運が発達し、それによって街が発展してきた歴史があります。
関宿町に濃く深い歴史があるように、これらの河川にもまた奥深い歴史が刻まれています。利根川東遷事業をはじめ、河川の流路変更や治水事業の歴史をたどると非常に興味深く、知れば知るほど引き込まれていきます。
実際、一度調べ始めると時間を忘れてしまい、2~3日ほど他のことが手につかなくなってしまうほどの面白さがあります。
さらに私が面白いと感じたのは、先ほど紹介した関宿城博物館の位置と川の関係です。
現在では利根川と江戸川の分岐点近くに位置しており、建物からは北側に流れる江戸川を望むことができます。
しかし、かつてこの場所は現在とは大きく景観が異なっていました。現在の江戸川は近世以降の河川改修によって形成されたもので、当時この付近を流れていた「逆川(さかさがわ)」と呼ばれる流路は、現在の博物館の南側を流れていました(参照先)。
つまり、現在は北側に川を望むこの場所も、往時には南側に川を望む立地だったことになります。河川の流路が変化したことで、城や城下町を取り巻く風景も大きく変わったのです。
関宿城博物館を訪れた際は、現在の景色だけでなく、かつての川の流れにも思いを巡らせてみてください。今とは異なる位置を流れる川と関宿城の姿を想像すると、何気ない風景も違って見えてこの地の歴史がより身近に感じられることでしょう。










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