本記事では、北海道炭礦鉄道の開業から現在までの室蘭鉄道史を整理するとともに、初代室蘭駅の位置を古地図・古写真・Google Earthから考察します。
室蘭市は、天然の良港・室蘭港を背景に、港町として、そして工業都市として発展してきた街です。石炭の積出港として栄え、やがて製鉄業を中心に北海道を代表する重工業都市へと成長しました。
その発展の歩みを足元から支えてきたのが鉄道です。
しかし、室蘭の鉄道の歴史は一筋縄では語れません。駅の移転、廃止、路線の付け替え、事業者の変更——室蘭市の発展とともに鉄道もまた姿を変え続けてきました。
本記事では、複雑で奥深い室蘭本線とその支線の歴史について様々な情報源より収集し整理しているとともに、あまり語られることのない初代 室蘭駅の場所をたどります。
(1)室蘭市の複雑で奥深い鉄道の歴史を整理
室蘭の鉄道史が複雑な理由
近代日本の鉄道史において、鉄道事業者の変遷や路線の付け替えは、室蘭市に限らず全国各地で見られた事象です。
では、なぜ室蘭の鉄道史は特に複雑だと言われるのでしょうか。
その最大の理由は、室蘭本線の主要駅である室蘭駅と輪西駅が、比較的短期間のうちにたびたび移転を繰り返してきたことにあります。
室蘭駅は現在の駅で5代目(5か所目)とされ、過去の各駅はいずれも異なる場所に設けられてきました。なお、初代室蘭駅を「停車場」として扱い駅としてみなさずに現在の室蘭駅を4代目とする見方もあります。
一方で輪西駅も現在が3代目であり、こちらも移転のたびに駅の位置が変化しています。さらに、初代室蘭駅の移転後、そのまま輪西駅へ改称された経緯もあり、駅名と場所の関係がさらに複雑になっています。
加えて、現在の室蘭駅は、おおむねかつての2代目室蘭駅に近い場所へ戻っている点も、この歴史をより複雑で興味深いものにしています。
実際にWEB上で室蘭駅・輪西駅・東室蘭駅について調べてみると、年代の説明に違いが見られるだけでなく、各駅の歴史が互いに絡み合って記述されていることもあり、全体像を把握するのは容易ではありません。
こうした駅移転の複雑な歴史に、鉄道事業者の変遷、路線名の変更、路線の付け替え、さらには港湾整備や海岸線の変化までもが重なり合うことで、室蘭市の鉄道史は全国的に見ても非常に奥深いものとなっています。
室蘭市発展の歴史(簡単に)
室蘭市は、もともと内陸地(空知地方など)で採掘された石炭を本州へ送り出す「積出港」として重要性を高めました。
しかし次第に、石炭を「運び出す街」から「使う街」へと変化していきました。石炭を元にした燃料を使う製鉄業をはじめとする重工業が室蘭に集積しました。こうして室蘭は北海道だけではなく全国を代表する工業都市へ成長していったのです。
石炭を積み出すために内陸から室蘭まで鉄道を敷いた
北海道炭礦鉄道は石炭を掘っていましたが「どう運ぶか」まで一体で担っていました。空知炭田で採れた石炭を大量に本州へ送り出すには、鉄道と港の両方が必要でした。
こうして岩見沢から室蘭まで鉄道が敷かれたのです。
旅客目的ではなく石炭運搬の為に設立した路線だったのですね。
なぜ室蘭市だったのかというと、やはり天然の良港である室蘭港の存在が大きいです。港として使いやすく、冬季も比較的利用しやすかったため、積出港として非常に適していました。
石炭輸送のための鉄道が敷かれ、その終点として室蘭が発展し、やがて街そのものが大きくなっていったのです。室蘭にとって鉄道なしで発展はあり得なかったのです。
室蘭の鉄道史「年表画像」
室蘭の発展の歴史に軽く触れてきましたが、室蘭本線の起源が「北海道炭礦鉄道」にあることがお分かりいただけたと思います。
詳細な歴史については、後ほどあらためて触れます。
まずは「画像+年表」をご覧ください。
- 黒地に黄色=過去の名称、施設
- 白地に赤色=現在の名称、施設
- 黄色い線=1892年開業当初の線路(石炭積み出し港まで延びています)
なお、2〜4代目の室蘭駅の変遷については後述します。
輪西駅は開業以来3度移転しており、その変遷をたどると、現在は多くの鉄道ファンにも全国的によく知られる東室蘭駅へつながっていることが一目でわかります。
しかし、それ以上に興味深いのは、輪西駅の原点が初代室蘭駅と同じ場所にあったという点です。
現在では別の駅として認識されている室蘭駅と輪西駅ですが、歴史をたどると両駅は同じ場所から始まり、その後の移転や改称を経て、それぞれ異なる役割を担う駅へと変化していきました。
室蘭の鉄道史をより詳細に
では細かく室蘭市の鉄道の歴史について時系列で整理していきましょう。
1892年(明治25年):北海道炭鉱鉄道開通と初代 室蘭駅
1892年(明治25年)、北海道炭鉱鉄道の岩見沢・室蘭間が開通しました。
初代室蘭駅と石炭積み出し口の画像はこちら→炭鉄港デジタル資料館
※駅としては初代、駅舎は無かったようです(停車場だったらだと思います)。
1897年(明治30年):北海道炭鉱鉄道延伸と2代目室蘭駅移転開業と初代輪西駅
1897年、路線は現在の室蘭駅(4代目)付近まで延伸しました。これにあわせて、室蘭駅(2代目)が移転開業します。さらに、それまでの室蘭駅は輪西駅(初代)へ改称されました。
2代目室蘭駅の画像はこちら→炭鉄港デジタル資料館
※駅としては2代目、駅舎としては初代
1904年(明治37年):北海道炭鉱鉄道延伸と3代目室蘭駅 移転開業
1904年(明治37年)、延伸先の地に3代目室蘭駅が開業しました。
3代目室蘭駅の画像はこちら→炭鉄港デジタル資料館
※駅としては3代目、駅舎としては2代目
1905年(明治38年):御崎駅開業
1905年(明治38年)、御崎駅が開業しました。
現在、御崎駅構内には「室蘭線発祥の地記念碑」が建てられています。これは、1892年の北海道炭礦鉄道(後の室蘭線・室蘭本線支線)において、計画上の起点となる石炭積み出し港の最寄り駅が御崎駅だったためです。
実際には、室蘭線の起点となった年代や正確な位置には御崎駅との間に多少のずれがあります。それでも、この地に「室蘭線発祥の地」を示す記念碑が設置されたことには、大きな意義があると感じます。
- 水色:当時の海岸線
- 赤色:開業当時の北海道炭鉱鉄道
この資料画像では、御崎駅が海岸線の外側に位置しています。
古地図と現代地図を重ね合わせて作成したものですが、古地図からも、現在の御崎駅付近がかつて海面だったことが読み取れます。(炭鉄港デジカメ資料館)。
1912年(明治45年):4代目室蘭駅 近場に移転開業
同じ海岸町で、4代目室蘭駅が移転開業しました。
この駅舎は1997年まで運用し、1999年には国の有形登録文化財に指定されました。
4代目室蘭駅の画像はこちら→炭鉄港デジタル資料館
※駅としては4代目、駅舎としては3代目
1906年、北海道炭礦鉄道は国に買収され、国有化されました。
その後、1909年からは「室蘭線」(〜1931年)という名称となりました。
1920年(大正9年):室蘭線付け替え、2代目輪西駅(現 東室蘭駅)開業
1920年、室蘭線は現在の位置へ線路が付け替えられました。
その理由は、路線南側(山側)に位置する輪西製鉄所の拡張によるものでした。
この付け替えに伴い旧線は撤去され、初代輪西駅は廃止されました。
そして同時に、現在の東室蘭駅の位置に2代目輪西駅が移転開業しました。
1925年(大正14年):長輪東線 開通
1925年(大正14年)、2代目輪西駅(現在の東室蘭駅)と伊達紋別駅を結ぶ長輪東線が開通しました。
なお地図外のため図には表示していませんが、同年には本輪西駅も開業しています。
1928年(昭和3年)長輪線 全線開通 3代目輪西駅開業 輪西駅東輪西駅改称
分断されていた長輪西線と長輪東線が接続し、東室蘭駅〜長万部駅間が全線開通しました。これに伴い、路線名は長輪線へ改称されました。
あわせて、2代目輪西駅は東輪西駅へ改称されます。
さらに、東輪西駅と御崎駅の間に、3代目輪西駅が新設開業しました。
1931年(昭和6年):長輪線→室蘭本線改称、室蘭線→室蘭支線改称、東輪西駅→東室蘭駅改称
長万部駅〜岩見沢間が室蘭本線となり、長輪線は室蘭本線へ編入されました。
あわせて、東輪西駅は東室蘭駅へ改称されました。
また、東室蘭から室蘭駅までの路線は、室蘭本線の支線となりました。
1935年(昭和10年):母恋駅開業
1935年(昭和10年)、母恋駅が新設開業しました。
1997年:4代目 室蘭駅 移転開業
1997年(平成9年)、現在の駅となる5代目室蘭駅が、2代目室蘭駅とほぼ同じ場所に移転開業しました。
かつては1,000人を超える職員が働いていた4代目室蘭駅ですが、2024年には無人駅となりました。
室蘭市の鉄道の歴史の整理はここまでとなります。
(2)初代室蘭駅の場所をたどる
続きまして初代 室蘭駅の痕跡を辿っていきたいと思います。
室蘭市への関心と初代 室蘭駅への関心
室蘭駅と聞いて、4代目室蘭駅の駅舎を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。
現在の5代目室蘭駅へバトンタッチしてから、まもなく30年が経とうとしています。実際に利用した記憶のある方、あるいは観光名所として鮮明に記憶している方も多く、4代目室蘭駅駅舎が残したインパクトは非常に大きなものがあります。
私自身、4代目室蘭駅に関しては、駅舎そのものだけでなく、それを取り巻いていた当時の駅前や周辺市街地を含めた街全体に強い関心があります。さらに、その後の街の移り変わりを経た現在の室蘭市街地にも、強く惹かれています。
そして私の室蘭市への関心は、さらに遡ります。室蘭が「モロラン」と呼ばれ始めた時代、その場所にまで興味は広がっています。
今回のテーマは室蘭鉄道史です。そうなると、私の関心は自然と、その起点とも言える初代室蘭駅へと向かいます。
初代 室蘭駅の位置を古地図で考察
「今昔マップon the web」はとても素晴らしい資料です。
現地の図書館へ足を運ばなくても古地図を確認でき、現代地図と重ね合わせて比較できる点は大きな魅力です。
北海道炭礦鉄道開業から間もない1896年の「モロラン駅(初代室蘭駅)」時代と、1917年の「初代輪西駅」時代の地図が資料として公開されています。
そのうち今回は、地図の精度を考慮し、1917年版の地図を資料として用いました。
1917年の古地図を元に現在の地図に、海岸線、旧室蘭線路線、初代 室蘭駅の場所の場所を示してみました。
御崎駅のWikipediaには、初代室蘭駅の位置について「輪西駅から約100m」「日本製鋼所一門から約200m」との記述がありますが、今回の資料と照らし合わせても概ね一致していると言ってよいでしょう。
初代 室蘭駅の位置を古写真で考察 ①
炭鉄港デジタル資料館のこちらのページのこちらのページには、初代室蘭駅の写真が掲載されています。お手数ですが、ぜひリンク先へ飛んでご確認ください。
ご覧いただくと、初代室蘭駅構内のすぐ背後に山が迫っていることが分かります。
この写真と、先ほどの地図資料の情報をもとに、Google Earth上で同じ構図の再現を試みました。比較してみると、山の稜線の形状がよく一致しています。
そして、あらためて古写真(リンク先)を見返すと、駅構内は背後の山の麓付近まで広がっていたようにも見えます。
もしそうであれば、現在の室蘭本線支線を横切るほど、山裾に近い位置まで構内が及んでいたことになります。
地図だけを見ると、初代室蘭駅の位置は、現在の室蘭本線支線よりも手前の工場敷地内にあったと考えるのが自然です。一方で、古写真を見ると、駅構内は背後の山裾付近まで広がっていたようにも見えます。
初代 室蘭駅の位置を古写真で考察 ②
炭鉄港デジタル資料館のこちらのページのこちらのページには、山側から初代室蘭駅を撮影した貴重な写真が掲載されています(写真「輪西駅と製鐵場」)。
撮影当時は北海道炭礦鉄道が延伸し、2代目室蘭駅がすでに開業していた時期にあたります。そのため、この写真は初代室蘭駅が初代輪西駅へ改称された後の姿ということになります。
私が特に着目したのは、線路が手前で大きく左へカーブしている点です。
おそらく、このカーブの先で線路は当時の海岸線と山裾に沿うように延び、石炭積み出し港へつながっていたのではないでしょうか。
旧線の廃止と新線への付け替えに際しては、新旧の線路はこのように接続されていたのではないかと推察されます。
そう考えると、初代室蘭駅があった場所は、現在の室蘭本線支線を越えて山裾に達する位置ではなく、工場用地内にあったという地図からの考察で概ね間違いないでしょう。
初代室蘭駅痕跡の目印「日本製鋼所 室蘭製作所 一門」
現在、初代室蘭駅を偲ばせる痕跡は、現地には残されていません。
しかし、日本製鋼所 室蘭製作所一門の内側に、かつて初代室蘭駅が広がっていたことは間違いなさそうです。
もし将来、初代室蘭駅跡を示す碑や説明看板を設置するとすれば、一門付近が最も妥当な場所であり、訪れる人々にとっても分かりやすい目印になるのではないかと感じました。
一方で、一門付近には歩道がなく、安全面を考えると実現には難しさもありそうです。
訪問の際は周囲の安全に気を付けてください。
最後に
室蘭市は、自然地形に恵まれた都市です。
その地形に沿うように、市内には数多くの生活拠点が点在しています。これだけでも都市として非常に興味深い存在ですが、さらに重工業都市としての歴史や街並みの移り変わりまで重ね合わせると、その関心は尽きることがありません。
昨年の今頃、室蘭市がGoogle Earthの3D表示都市へ移行した際、私は室蘭市の各拠点やランドマーク、鉄道とその歴史、さらには人口減少に伴う教育機関の統廃合など、さまざまなテーマをまとめようとしていました。
しかし、内容の稚拙さはともかく、あまりにも多くを追いかけすぎた結果、自分でも整理しきれなくなり、そのままお蔵入りとなってしまいました。
今回はテーマを切り分け、その第一歩として室蘭市の鉄道の歴史を取り上げました。長万部方面(長輪線)についてもお蔵入りがあります。
今後も、さまざまな切り口から室蘭という街を見つめていけたらと思います。






















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