【Google Earth/Maps】広島県府中市が3D表示都市に|駅前V字通りの形成過程を探る

【Google Earth/Maps】広島県府中市が3D表示都市に|駅前V字通りの形成過程を探る Google Earth 3Dエリア

Google Earthでの表示において、広島県府中市が新たに3D表示都市となりました。

先行して3D表示都市となっていた福山市と尾道市のエリアが拡大し、1つのエリアとなりました。これに伴い、府中市の中心市街地も3D表示に含まれるようになりました。

福山市・尾道市・府中市に広がるGoogle Earthの3D表示エリア

新しく拡大・結合し、府中市も取り込んだ尾道市と福山市の3D表示エリア

2026年10月までの福山市と尾道市の3D表示エリア

2026年10月までの尾道市と福山市の3D表示エリア

備後国の中心だった府中市が3D表示に

新たに3D表示となった府中市の市街地を見てみます。

下の画像では、府中市の中心市街地を赤い丸、かつて備後国の国府があったとされる付近を黄色い丸で示しています。

備後国は現在の広島県東部に広がっていた旧国の一つです。

その備後国の政治の中心である国府が、現在の府中市元町付近に置かれていたと考えられています。

古代には、この一帯が広い備後国の中心だったのですね。ロマンを感じます。

府中市中心市街地と備後国府推定地を示したGoogle Earthの3D画像

府中市の中心市街地は盆地の一角に集中している

さて、私は府中市も現在未訪問の都市の一つです。

Google Earthで眺めると、盆地に市街地が広がり、建物が密集していることがわかります。

その中で私が惹かれたのは、府中市の歴史的な中心市街地が、福山市から見て盆地の奥まった一角に集中しているということです。

現在の福山市方面から市街地が連続する一方で、府中の古くからの中心部は、そのさらに奥に位置しています。

この配置には、備後国府の存在から続く府中の歴史が関係しているのでしょう。

同時に、街の形状としても大きな特徴だと感じました。

今回は、そんな府中市の中心市街地で特に気になった場所について取り上げたいと思います。

Google Earthで眺めた府中市の中心市街地

府中駅前のV字形道路が気になった

私が府中市の中心市街地で気になったところは……鉄道絡みです。

府中市の代表駅、JR西日本・福塩線の府中駅。

Google Earthで駅前を眺めていると、駅前ロータリーから街中へ伸びる道路が、特徴的なV字形を描いていることに気づきました。

駅前から西方向と北東方向へ、2本の道路が斜めに伸びています。

一般的な駅前大通りのように、駅の正面から街の中心へまっすぐ伸びる道路とは少し違います。

なぜ、このような駅と道路の配置になったのでしょうか。

駅が先か。それとも街が先か。

気になったので、古い地図や航空写真を使って調べてみることにしました。

府中駅前からV字形に伸びる2本の道路

別の場所に初代府中駅があった

1914年に開業した両備軽便鉄道

現在のJR福塩線は、もともと福山と府中を結ぶ私鉄として誕生しました。

1914年(大正3年)7月21日、両備軽便鉄道が福山~府中町間で営業を開始しました。

当時の線路幅は762mm。現在のJR在来線で一般的な1067mmよりも狭い、軽便鉄道でした。

終点の府中町駅があったのは、現在の府中駅ではありません。

現在の駅から北西に約200m離れた、永井町付近に設けられていました。

1926年(大正15年)には両備鉄道へと社名を変更。1927年(昭和2年)には電化も実現しています。

1935年に駅が現在地へ移転

その後、福山から府中を経由して三次方面へ鉄道をつなぐ計画が進められました。

1933年(昭和8年)には両備鉄道が国有化されます。

国有化後も当初は762mmの線路幅のままでしたが、1067mmへの改軌工事が進められ、1935年(昭和10年)12月、府中町駅は現在地へ移転しました。

さらに1938年(昭和13年)には府中町~上下間が開通し、福山から塩町までが福塩線としてつながりました。

つまり、現在の府中駅は、古い駅舎を単に建て替えたものではありません。

鉄道の規格変更と路線の延伸を背景に、駅そのものが移転したという歴史があったのです。

1925年の地図で初代府中駅の位置を確認

初代府中駅は古い市街地の外縁にあった

今昔マップで、1925年(大正14年)頃の府中町(現在の府中市)の地形図を確認しました。

現在の地図と比較すると、初代府中駅の位置がわかります。

1925年頃の府中町と現在の府中駅周辺の地図比較

初代府中駅は、当時の密集した市街地を避けるように、その外縁部に設けられていたことがわかります。

また、現在の府中駅がある場所は、当時の地図では水田が広がる地域でした。

現在のGoogle Earthの3D画像に重ねてみると、土地利用の変化がよくわかります。

初代府中駅と現在の府中駅の位置をGoogle Earthで比較

初代府中駅からの延伸は難しかったのか

府中町駅を終点としていた鉄道は、その後、三次方面へつながる路線として整備されていきます。

しかし、初代府中駅の先には、すでに建物が密集した市街地が広がっていました。

そのまま線路を延ばそうとすれば、既存の道路や建物との調整が必要になった可能性があります。

一方、現在の府中駅周辺には水田が広がっていました。

こうした土地利用の違いが、新駅の位置や線路の取り回しに影響したのではないかと考えたくなります。

ただし、市街地を避けるために駅を移転したと断定できる資料は、現時点では見つかっていません。

1925年の地図からわかるのは、移転前の市街地と水田の位置関係です。

この地図から10年後、現在地に2代目の府中駅が開業します。

その間に街がどのように変化したのか、さらに調べてみました。

1947年の航空写真に写る府中駅周辺

駅移転から12年後の市街地

1935年の府中駅移転前後の地図や航空写真を探しましたが、該当する年代の資料は見つかりませんでした。

しかし、国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス」で、1947年(昭和22年)10月13日に撮影された府中駅周辺の航空写真を見つけました。

米軍によって撮影されたもので、現在の府中駅が開業してから12年後の街並みが写っています。

初代府中駅や軽便鉄道時代の線路跡は、この写真からは明瞭に確認できません。

1947年10月13日撮影の府中駅周辺の航空写真

現在の地図と比較したものが、次の画像です。

1947年の府中駅周辺の航空写真と現在の道路網の比較

府中駅西町線は1947年に存在していた

現在、府中駅前から西方向へ伸びる道路は、都市計画道路「府中駅西町線」に相当すると考えられます。

この道路は1947年の航空写真でも確認できます。

興味深いのは、駅に近づくにつれて道路の周辺に建物が少なくなり、空地や農地のような土地が目立つことです。

西側の既存市街地から、駅へ向かって道路が延長されたようにも見えます。

少なくとも1947年の時点で、道路は存在していたものの、現在のような連続した駅前市街地にはなっていなかったことが読み取れます。

府中駅元町線はまだ形成されていなかった

一方、府中駅前から北東方向へ伸びる、現在の「府中駅元町線」に相当する道路はどうでしょうか。

1947年の航空写真を確認すると、現在のような直線道路は見当たりません。

その周辺には、工場や倉庫のような細長い建物が密集しています。

現在の元町線が通る場所には、当時は異なる街区が形成されていたようです。

また、西町線とほぼ並行する石州街道(石見銀山街道)に相当する道路についても、現在のように東側まで連続する形は確認できません。

つまり、現在の府中駅前にあるV字形の道路網は、1947年の段階ではまだ完成していなかったと考えられます。

駅の周辺には工場のような建物が集まっていた

もう一つ気になったのが、府中駅周辺の建物です。

駅の北側から東側にかけて、一般住宅とは異なる大きな建物がいくつも並んでいます。

工場や倉庫、作業場などだった可能性があります。

府中は家具や木工業などが発達した地域です。

鉄道の開業や駅の移転によって、周辺に事業所が集まっていった可能性も考えられます。

ただし、これらの建物が何の施設だったのか、いつ建設されたのかについては、まだ確認できていません。

1925年の地図にも一部の建物群が描かれていることから、すべてが1935年の駅移転後に建てられたとは限りません。

現在の駅前周辺の街区は後から形成された

1956年に2本の都市計画道路が決定

現在の府中駅前から伸びる2本の道路には、それぞれ都市計画道路としての名称があります。

都市計画道路 計画延長 当初決定
府中駅西町線 660m 1956年(昭和31年)
府中駅元町線 450m 1956年(昭和31年)

両路線とも、府中駅が現在地へ移転してから21年後に都市計画決定されています。

ただし、都市計画決定は道路の開通や完成を意味するものではありません。

実際、西町線に相当する道路は1947年の航空写真ですでに確認できます。

一方、元町線に相当する道路は、1947年には現在の形になっていませんでした。

このことから、2本の道路は異なる時期に整備された可能性があります。

駅の移転と道路整備が現在の街並みをつくった

1925年の地図、1947年の航空写真、そして現在のGoogle Earthを比較すると、府中駅周辺の街並みが段階的に変化してきたことが見えてきます。

1935年に駅が現在地へ移転し、1947年には西町方面から駅へ向かう道路が存在していました。

しかし、元町方面への直線道路はまだ形成されていません。

その後、道路の整備や周辺の市街地化が進み、現在のV字形の駅前道路が成立したと考えられます。

現在の府中駅前の特徴的な道路配置は、駅の移転と、その後の街づくりが重なって生まれたものだったのでしょう。

ただし、府中駅元町線が具体的にいつ整備されたのか、駅移転当時の道路計画がどのようなものだったのかについては、まだわかっていません。

今後、当時の都市計画図や道路工事の記録が見つけてさらに詳しく調べるためには府中市内の図書館に行く必要があります。その日が早く訪れてほしいものです。

Google Earthで府中市が3D表示になったことをきっかけに、駅前に見た小さな疑問から、100年以上前の街の姿をたどることになりました。

参考資料・関連リンク

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